福岡地方裁判所 平成9年(ワ)359号 判決 1999年1月25日
原告
九州カード株式会社
右代表者代表取締役
小石原冽
右訴訟代理人支配人
加藤久幸
原告補助参加人
株式会社福岡シティ銀行
右代表者代表取締役
四島司
原告訴訟復代理人兼原告補助参加人訴訟代理人弁護士
合山純篤
被告
長井俊彦
右訴訟代理人弁護士
高橋博美
同
中村佐和子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用のうち参加によって生じた費用は、原告補助参加人の負担とし、その余は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告に対し、二一〇万三六五九円及びこれに対する平成九年一月二三日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 事案の概要
本件は、被告と原告補助参加人(以下「補助参加人銀行」という。)との間で締結されたカードローン契約について信用保証をした原告が、補助参加人銀行に対する代位弁済をしたとして、信用保証委託契約に基づき、被告に対し求償金二一〇万三六五九円及びこれに対する代位弁済の日である平成九年一月二三日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める事案である。
被告は、キャッシュカードを窃取した第三者が右カードを用いて現金自動支払機から払戻しを受けたのであり、右払戻しについて被告に責任はないと主張して、原告の請求を争う。
二 前提となる事実
次の事実は、< >内に認定証拠等を掲げた部分を除いては、当事者間に争いがない。
1 被告は、昭和三〇年八月六日生まれの男性である。
補助参加人銀行は、福岡市に本店を置くいわゆる第二地方銀行であり、原告は、補助参加人銀行の関連会社で、クレジットカードに関する業務及び金銭貸付業等を目的とする株式会社である。
<乙一、弁論の全趣旨>
2 被告は、昭和六二年二月二六日ころ、補助参加人銀行(当時の商号・株式会社福岡相互銀行)天神支店で普通預金口座(口座番号<略>、以下「本件普通預金口座」という。)を開設し、その際、キャッシュカードの発行を申し込み、補助参加人銀行から本件普通預金口座についてキャッシュカード(以下「本件カード」という。)の交付を受けた。
本件カードの申込みに当たって補助参加人銀行に届け出た暗証番号は、原告の生年月日に由来する「三〇八六」であった。
<乙一、丙五>
3 補助参加人銀行の普通預金について発行されたキャッシュカードに適用されるシティカード(キャッシュカード)取扱規定一一条(2)(以下「本件A約款」という。)には、「当行が、カードの電磁的記録によって、支払機または振込機操作の際使用されたカードを当行が交付したものとして処理し、入力された暗証と届出の暗証との一致を確認して預金を払戻したうえは、カードまたは暗証につき偽造、変造、盗用その他の事故があっても、そのために生じた損害については、当行は責任を負いません。なお、提携先の支払機により払戻した場合の当行および提携先の責任についても同様とします。ただし、この払戻しが偽造カードによるものであり、カードおよび暗証の管理について預金者の責に帰すべき事由がなかったことを当行が確認できた場合の当行の責任については、このかぎりではありません。」との定めがある。<丙七>
4 被告は、平成二年一二月二七日、補助参加人銀行との間で、本件普通預金口座を自動返済預金口座として、次の(一)ないし(四)の約定でシティ・ワイドカードローン契約(以下「本件カードローン契約」という。)を締結し、補助参加人銀行天神支店でカードローン口座(口座番号<略>、以下「本件カードローン口座」という。)を開設した。
(一) 当座貸越極度額二〇〇万円
(二) 利率は、年13.9パーセントの割合とし所定の計算により、毎月五日に預金から引き落とし、又は貸越元金に組み入れるものとする。
なお、右利率は、平成八年九月五日から年一三パーセントに変更された。
(三) 返済方法 随時払い及び一定額(三万円)の定例返済金を毎月五日に返済する。
(四) 期限の利益の喪失 次の各場合には、被告は補助参加人銀行の請求によって期限の利益を喪失する。
(1) 被告が補助参加人銀行に対する債務の一つでも期限に履行しなかったとき
(2) 被告が補助参加人銀行との取引約定に一つでも違反したとき
(3) 債権保全を必要とする相当の事由が生じたとき
5 被告は、平成二年一二月二七日、本件カードローン契約の締結に当たり、原告(当時の商号・九州ビザカード株式会社)に対し、本件カードローン契約による債務につき次の(一)、(二)の約定で信用保証を委託した。<甲一>
(一) 被告が債務を期限に弁済しなかったために、原告が補助参加人銀行から保証債務の履行を求められたときは、原告は、被告に対する事前の通知催告なく保証債務を履行することができる。
(二) 原告が保証債務を履行したときは、被告は、原告に対し、代位弁済額及びこれに対する代位弁済の日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による遅延損害金を支払う。
6 本件カードローン契約の締結に当たり、被告が補助参加人銀行に対して差し入れたシティ・ワイドカードローン申込書(甲二)の裏面には、カードローン取引規定の記載があり、右規定一条3には、取引に使用するカードは、既に交付を受けている預金者本人のキャッシュカードとし、右カード及び支払機の取扱いについては別に定めるシティカード(キャッシュカード)規定によるものとする旨の定めがあるが、右規定中には、それ以上に具体的な定めはない。<甲二>
補助参加人銀行のカードローンに適用されるシティ・カード(キャッシュカード)規定六条1(以下「本件B約款」という。)には、「当行の支払機により、カードを確認し、支払操作の際、使用された暗証と届出の暗証との一致を確認して、カードローンの借り入れをしたうえは、カードまたは暗証につき偽造、変造、盗用その他の事故があっても、そのために生じた損害については、当行は責任を負いません。なお、提携銀行の支払機を使用した場合、当行および提携銀行の責任についても同様とします。」との定めがある。<丙六>
補助参加人銀行のカードローンに適用されるシティ・カードローン取引約定書一条1には、補助参加人銀行とカード契約者(借主)の取引は、右約定書に基づき補助参加人銀行が発行するシティカード又は既に発行済みのカードを使用して普通預金より払戻しする方法により当座貸越(以下で単に「当座貸越」というときは、カードローンの実行としての右当座貸越をいい、いわゆる銀行総合口座取引において定期預金を担保として普通預金の払戻しをする方法による貸越を含まない。)を受ける出金又は別に定める取引に基づいて発生する当座借越契約に限る旨の定めがある。<丙六>
7 同日に八〇万三三〇四円の当座貸越がされ、平成三年一月二五日に合計六五万三八四一円の当座貸越がされて以来、本件カードローン口座の残高は常に一三七万円以上の貸越しの状態であったが、被告は、平成八年六月七日に繰上げ返済をして右口座の残高をいったん零とし、同年八月八日時点における右口座の残高は二万八一三三円の貸越しとなっていた。
また、右時点の本件普通預金口座の残高は四万七七八九円であった。
<甲四、丙三、四>
8 同日の午後六時一二分から同一八分にかけて、本件普通預金口座について補助参加人銀行の提携銀行である西日本銀行の現金自動支払機から、四回にわたって、四万七二〇六円、一〇万〇二〇六円、五〇万〇二〇六円及び五〇万〇二〇六円が払い戻され、補助参加人銀行の現金自動支払機から二回にわたって五〇万〇一〇三円及び三七万〇一〇三円が払い戻された。
右六回の払戻しのうちの前記7の本件普通預金口座の残高の範囲内であった最初の四万七二〇六円の払戻しを除いたその余の五回の払戻し(以下「本件払戻し」という。)に伴って、本件カードローン口座からは、九万九六二三円、五〇万〇二〇六円、五〇万〇二〇六円、五〇万〇一〇三円及び三七万〇一〇三円が本件カードローン契約に基づく当座貸越(以下「本件当座貸越」という。)として本件普通預金口座に出金され、本件カードローン口座の残高は一九九万八三七四円の貸越しとなった。
被告は、同日午後七時一五分ころ、補助参加人銀行に対して、本件カード、本件普通預金口座の通帳及び銀行届出印が盗難に遭ったとの電話連絡をした。<甲四、丙一ないし四、被告>
9 被告は、補助参加人銀行に対し本件払戻し後の本件カードローン口座の残高に対する同年九月五日以降の定例返済金の支払をしておらず、補助参加人銀行は、被告に対し、同年一一月一二日到達の内容証明郵便で、期限の利益の喪失日を同年一一月一九日として、同日までに右残高に対する同年九月から一一月分の定例返済金九万円を支払うよう催告をした。<甲五の1、2、丙三>
10 原告は、平成九年一月二三日、被告に対する事前の通知催告をすることなく、補助参加人銀行に対し、平成八年一一月五日現在の本件カードローン口座の当座貸越残高二〇六万〇七三九円(前記7の貸越残高一九九万八三七四円に同年九月、一〇月及び一一月分の利息合計六万二三六五円を組み入れたもの)及びこれに対する同日から平成九年一月二二日までの年一三パーセントの割合による利息(付利単位一〇〇円)五万七九八一円から補助参加人銀行が被告の本件普通預金口座の残高との相殺に供した一万五〇六一円を除いた四万二九二〇円との合計二一〇万三六五九円を代位弁済した(以下「本件代位弁済」という。)。<甲三、弁論の全趣旨>
三 争点
本件当座貸越について被告が補助参加人銀行に対する支払義務を負うか。
1 原告及び補助参加人銀行(以下「原告ら」という。)の主張
(一) 本件払戻しは、補助参加人銀行が原告に交付した本件カードが使用され、被告が補助参加人銀行に届け出た暗証番号が入力されて行われた。
(二) 本件A約款及び本件B約款は、いずれもシティカードを使用した当座貸越についてカード契約者の責任を認める規定であり、右当座貸越には、カード契約者の責任を認めるという意味において民法四七八条が類推適用される。
したがって、被告から本件カードを窃取した第三者が本件払戻しを受けたものであるとしても、本件A約款ないし本件B約款に基づき、又は同条の類推適用により、被告は本件当座貸越について責任を免れない。
その理由は、次のとおりである。
(1) 本件A約款は、文言上は、キャッシュカード等を利用した預金の払戻しについて補助参加人銀行の免責を定める規定であるが、カードローン契約が締結されたときは、補助参加人銀行は、預金の払戻しと同様に極度額までは当座貸越の義務を負うのであるから、現金自動支払機からの同カードを使用した預金の払戻しと同カードを使用した当座貸越とは、補助参加人銀行の金銭の払戻しに関する注意義務としては何ら変わることがない。
したがって、本件A約款及び本件B約款は、いずれも同カードを使用した当座貸越に係る払戻しについてカード契約者の責任を認める規定であると解すべきである。
そして、本件A約款と同旨の免責約款によって銀行は免責されるとするのが判例(平成五年七月一九日最高裁第二小法廷判決)であるから、預金者以外の者がキャッシュカードを使用して当座貸越に係る払戻しを受けたとしても、当該カード契約者の帰責事由の有無にかかわらず、補助参加人銀行が現金自動支払機により同カードと暗証番号を確認して右当座貸越に係る払戻しをしたときは、本件A約款ないし本件B約款によって被告はその責任を免れない。
(2) また、右の当座貸越に関する補助参加人銀行の義務からすれば、同カードを使用した当座貸越についてカード契約者の責任を認めるという意味で民法四七八条の類推適用がある。
(3) これらの点は、いわゆる銀行総合口座取引における預金払戻権限を有すると称する者への貸越しについて民法四七八条の類推適用を認める判例(昭和六三年一〇月一三日最高裁第一小法廷判決)及び生命保険会社がいわゆる契約者貸付制度に基づいて保険契約者の代理人と称する者の申込みにより行った貸付けに民法四七八条が類推適用されるとする判例(平成九年四月二四日最高裁第一小法廷判決)の趣旨からしても自ずから明らかである。
(三) 仮に、被告の主張するように、本件当座貸越についての被告の責任を表見代理の類推適用によって決すべきであって、本件カードを窃取した者がこれを使用して本件払戻しを受けたのだとしても、被告には、本件カードが不正使用をされるについて自己の生年月日を暗証番号として補助参加人銀行に届け出たという帰責事由があるから、本件当座貸越について表見責任を免れず、信義則上も本件当座貸越の不当を補助参加人銀行に対して主張することができない。
2 被告の主張
(一) 被告は、平成八年八月八日午後五時から午後六時五〇分までの間に、福岡市博多区祇園町<番地略>所在のパチンコ店「ギオン一・一」内立体駐車場において、同所に駐車していた被告所有の自動車(以下「本件自動車」という。)内に置いていたバッグ二点及び右バック内の本件カードを含むキャッシュカード、クレジットカード等を氏名不詳の第三者に盗まれた。
本件払戻しは、右の者が本件自動車内の運転免許証から被告の生年月日を知り、ここから本件カードの暗証番号を推測して行ったものと考えられる。
(二) 本件当座貸越に関する被告の責任は、表見代理の類推適用によって決すべきものである。
その理由は、次のとおりである。
(1) 本件A約款は、文言上から明らかなように、キャッシュカードを利用した預金の払戻しについて補助参加人銀行の免責を定める規定にすぎず、補助参加人銀行のカードローン契約に適用されるシティ・カードローン取引約定書四条及び金利優遇サービス規定二条には、補助参加人銀行は、いつでもその一方的な判断により借越極度額を変更できるとの定めがあるから、補助参加人銀行は、極度額までは当座貸越の義務を負うものではなかった。
本件B約款は、「カードまたは暗証につき偽造、変造、盗用その他の事故があっても、そのために生じた損害については、当行は責任を負いません。」と定められているにすぎず、カード契約者の責任を積極的に定めるものではないから、本件B約款は、本件当座貸越に関する被告の責任を根拠付けるものではない。
(2) 仮に本件A約款及び本件B約款が原告らの主張する趣旨であっても、本件カードローン契約締結に当たって被告はその説明を受けていないから、本件A約款及び本件B約款は、いずれも本件カードローン契約の内容となっておらず、被告を拘束しない。
また、本件A約款及び本件B約款が原告らの主張する趣旨であるとすれば、補助参加人銀行に一方的に有利な規定であるといわざるを得ず、約款としての合理性を欠くものとして被告に対する効力は生じない。
(3) そして、同カードを使用した当座貸越について、補助参加人銀行に極度額までの当座貸越の義務はないから、右当座貸越を補助参加人銀行の債務の弁済と同視することはできず、右当座貸越について民法四七八条を類推適用すべき基礎を欠くものである。
民法四七八条の類推適用について原告らの引用する判例は、いずれも当該払戻しを経済的に見れば、債務の一部についての前払と同視できる事案についてのものであり、本件とは事案を異にする。
(4) そうすると、他人が行った本件当座貸越に関する被告の責任は、民法の原則に戻り、取引行為における外観信頼保護の規定である表見代理規定の類推適用によって決すべきである。
(三) 仮に右当座貸越について民法四七八条を類推適用する余地があるとしても、補助参加人銀行には、不正使用の生じないような安全な現金自動支払機のシステムを構築する義務があったにもかかわらず、これを怠った過失があるから、同条の類推適用は認められない。
また、原告の請求は権利の濫用として許されない。
第三 当裁判所の判断
一 本件の経緯について、前記第二・二の事実、証拠(乙一、二の1、2、被告)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 被告は、飲食店経営及び不動産コンサルタント業を主な業とする株式会社福岡平成開発の代表取締役である。
2 被告は、平成八年八月八日午後五時ころ、福岡市博多区祇園町<番地略>所在のパチンコ店「ギオン一・一」内立体駐車場四階に被告所有の自家用自動車(本件自動車)を駐車し、現金の入った財布と右自動車の鍵を持ち、本件カードほかのキャッシュカード、クレジットカード、本件普通預金口座の預金通帳ほかの預金通帳及び被告の実印等が入ったセカンドバック並びに書類が入った手提げバックを本件自動車の助手席側の後部座席のシートの足下の部分に置いたまま、ドアにロックをして、同店内に入った。
この際、被告の運転免許証は、運転席のサンバイザーに挟んだままにしていた。
3 同日午後六時五〇分ころ、被告が、同駐車場に戻ったところ、右自動車のドアのロックは外されており、車内のダッシュボードは開けられた状態で、前記セカンドバック及び手提げバックがなくなっていた。
被告は、盗難にあったものと考え、被害申告のために博多警察署に向かい、午後七時一五分ころ、同警察署内の電話から補助参加人銀行に対して、本件カード及び本件普通預金口座の通帳及び銀行届出印が盗難に遭ったとの電話連絡をした上で、同警察署に対する被害申告をした。
しかし、同日午後六時一二分から同一八分にかけて既に本件払戻しがされていた。
4 現金自動支払機の防犯ビデオカメラには、パナマ帽をかぶった男が現金自動支払機を操作して本件払戻しを受ける姿が映されていた。
現在のところ、被告は、右人物が特定されたとの連絡を警察から受けておらず、本件カードはいまだ発見されていない。
二 前記第二・二1及び前記一の事実からすれば、平成八年八月八日午後五時ころから同日午後六時一二分ころまでの間に何者かが本件自動車内から本件カードの入ったセカンドバック等を盗み、本件自動車内に残されていた運転免許証等から被告の生年月日を知り、ここから本件カードについて被告が補助参加人銀行に届け出た暗証番号を推測して、当該窃盗犯ないしこれと共謀する者である前記一4の男が、本件カードを使用し、右暗証番号を入力して現金自動支払機から本件払戻しを受けたものと認められるところ、補助参加人銀行のカードローンに係るカードの不正使用に対する対策について、証拠(丙六、七、証人川上知昭)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 補助参加人銀行は、損害保険会社との間で、カード利用者担保特約条項に係る者及び発行者担保特約条項に係る者を被保険者として、保険期間中の盗取、詐取、横領、紛失によるカード不正使用によって生じた損害をてん補する旨のキャッシュディスペンサー用カード盗難保険包括保証契約を締結しており、右契約においては、銀行が盗難等の通知を受理した日の一〇日前以降、三〇日後までの四一日間が担保期間とされている。
2 しかし、右契約の対象となるカードは、借越極度額が一〇万円、二〇万円、三〇万円、五〇万円、七〇万円及び一〇〇万円のものに限られ、本件カードローン契約の借越極度額は二〇〇万円であるので、本件カードは、右契約の対象とはならない。
補助参加人銀行は、右損害保険会社との間でカードローンの借越極度額が一〇〇万円を超えて二〇〇万円以下のものについての保険の引受けに関して交渉中である。
3 補助参加人銀行のカードローンに適用されるシティ・カードローン取引約定書、シティ・カード(キャッシュカード)規定等の約款中には、シティカードが不正使用された場合のカード契約者ないし補助参加人銀行に生じた損害のてん補について定める規定は存在せず、補助参加人銀行は、実際には前記1の契約により損害がてん補されること及び前記2のとおり右契約の対象となるカードがすべてのキャッシュカードではなく、一部の同カードが右契約の対象となっていないことをカード契約者に対して全く告知していない。
三 争点に対する判断
1 キャッシュカードを使用した当座貸越は、右当座貸越に係る払戻しそのものが、個別具体的な法律行為であるかはともかくとして、補助参加人銀行による当該カード契約者に対する金銭の貸付けにほかならないものであるから、右貸付けが補助参加人銀行による当該カード契約者に対する債務の弁済と同視できるとした上、当該カード契約者がその責任を負うという意味において民法四七八条が類推適用されるとする原告らの主張は独自の見解といわざるを得ず、これを採用することはできない。
この点について、原告らが援用する判例(昭和六〇年(オ)一四〇二号昭和六三年一〇月一三日最高裁第一小法廷判決・裁判集民事一五五号五頁、平成五年(オ)一九五一号平成九年四月二四日最高裁第一小法廷判決・民集五一巻四号一九九一頁)は、当該貸付けそのものについて民法四七八条の類推適用によって当該貸付けの債務者とされた者の責任を認めるものではないから、いずれも事案を異にするものというべきである。
2 また、本件A約款は、キャッシュカードを使用した預金の払戻しについて補助参加人銀行の免責を定める規定であることは、その文言上から明らかであって、後記3のとおり、本件B約款が同カードを使用した当座貸越に係る払戻しについてカード契約者の責任を定める規定である以上、本件A約款を右当座貸越に係る払戻しについてのカード契約者の責任を定めるものと拡張して解する必要はなく、本件A約款によって、本件当座貸越についての被告が責任を免れないとする原告らの主張は採用することができない。
3 そして、本件B約款は、補助参加人銀行及びその提携先が設置した現金自動支払機を利用して当該カード契約者以外の者が当座貸越に係る払戻しを受けたとしても、補助参加人銀行が預金者に交付していた真正なキャッシュカードが使用され、正しい暗証番号が入力されていた場合には、補助参加人銀行は、右当座貸越を当該カード契約者に対する正当な貸付けとして取り扱うことができるとする趣旨であるが、当該カード契約者に右払戻しについて責めに帰すべき事由がなかったときは、補助参加人銀行は、右当座貸越を当該カード契約者に対する正当な貸付けとして取り扱うことはできないものと解するのが相当である。
その理由は、次のとおりである。
(1) 被告は、本件B約款に「カードまたは暗証につき偽造、変造、盗用その他の事故があっても、そのために生じた損害については、当行は責任を負いません。」と定められているにすぎないから、カード契約者の責任を根拠付けるものではないと主張するが、右の「当行は責任を負いません。」というのは、当該当座貸越に係る払戻しを当該カード契約者に対する正当な貸付けとして取り扱う趣旨であることは、本件B約款全体を合理的に解すれば明らかであって、この点に関する被告の主張は採用することができない。
(2) ところで、本件B約款は、その文言上は、払戻しに係るカード契約者の帰責事由について触れておらず、真正なキャッシュカードが使用され、正しい暗証番号が入力され、補助参加人銀行及びその提携先が設置した現金自動支払機を利用して当該カード契約者以外の者が当座貸越に係る払戻しを受けたときは、当該払戻しについてカード契約者の帰責事由の有無を問わず、右払戻しを当該カード契約者に対する正当な貸付けとして取り扱う趣旨であると解されないでもない。
そして、キャッシュカードを使用した当座貸越に係る払戻しが、現金自動支払機からの現金の交付という意味において、同カードを使用した預金の払戻しと社会的事実としての形態は異なることがなく、預金者以外の者が同カードを使用して預金の払戻しを受けた場合の免責約款として本件A約款が定められているのと同様に、カード契約者以外の者が同カードを使用して当座貸越に係る払戻しを受けた場合について、合理的な約款を定める必要性を肯定できることも確かである。
しかし、何らの帰責事由もなしに他人が受けた金銭貸付けについて責任を免れないとする右のような結論は、表見代理等の民法の任意規定からは導き出されないところであり、前記二3のとおり、補助参加人銀行のカードローンの約款中には、カードの不正使用によってカード契約者に損害が生じた場合にカード契約者を被保険者とする損害保険等によって右損害をてん補する規定は何ら存在しないのであるから、右てん補の定めのないまま、本件B約款を右のように解することは、カード契約者のみにカードの不正使用の危険を負担させるものとなり、その約款としての合理性に疑問を抱かざるを得ない。
したがって、約款中にカードの不正使用によってカード契約者に損害が生じた場合に、これを損害保険等によりてん補するための規定が何ら存在しない本件のような場合において、本件B約款が、カード契約者以外の者がキャッシュカードを使用した当座貸越に係る払戻しを受けた場合について定める約款として合理性があり、カード契約者を拘束するというためには、少なくとも、本件B約款について、右の当座貸越に係る払戻しについて当該カード契約者に帰責事由がなかったときは、右当座貸越を当該カード契約者に対する正当な貸付けとして取り扱うことはできないものと解する必要があるというべきである。
右のように解することによって、補助参加人銀行が損害を被ることがあっても、補助参加人銀行を被保険者とする損害保険によって、これをてん補することは可能なはずであり、前記二1、2に認定したところによれば、補助参加人銀行は、借越極度額を一〇〇万円以下とするカードローン契約については、カード契約者及び補助参加人銀行を被保険者として、真正なカードの不正使用によって生じた損害をてん補する旨の損害保険契約を締結していたのであって、本件カードローンのように借越極度額が一〇〇万円を超えるものについて損害保険が付されていないのは、専ら補助参加人銀行と損害保険会社の関係によるもので、何らカード契約者にはかかわりのないことである。
(3) この点について、原告らは、本件A約款と同旨の免責約款に関する判例(平成元年(オ)第一四七三号平成五年七月一九日最高裁第二小法廷判決・裁判集民事一六九号二五五頁)を援用し、預金者の帰責事由の有無にかかわらず本件A約款によって補助参加人銀行は免責されるのであるから、本件B約款の適用についてもカード契約者の帰責事由は問題とならないと主張する。
しかし、前記1及び(2)に判示したとおり、キャッシュカードを使用した預金の払戻しも、同カードを使用したカードローンの実行としての当座貸越に係る払戻しも、現金自動支払機からの現金の交付という意味において社会的事実としては異ならないということはできるが、法律的にいえば、補助参加人銀行にとって、前者は債務の弁済であり、後者は、当座貸越に係る払戻しそのものが個別具体的な法律行為であるかはともかくとして、補助参加人銀行による当該カード契約者に対する金銭貸付けにほかならない。
また、いわゆる銀行総合口座取引において定期預金を担保とし、キャッシュカードを使用して現金自動支払機から普通預金の払戻しをする方法による貸越(弁論の全趣旨によれば、この貸越も「当座貸越」と呼ばれることが認められる。)が経済的実質において預金の払戻しということができるのとは異なり、本件カードのようなキャッシュカードを使用したカードローンの実行としての当座貸越に係る払戻しは、これを経済的実質において預金の払戻しであるということもできないのである。
そして、弁済及び貸付けに関連する民法の任意規定を検討すると、債権の準占有者に対する弁済についての免責を定めた民法四七八条の適用は、債権者の帰責事由の有無にはかかわらないと解される一方、前記(2)に判示したとおり、表見代理等の民法の任意規定からは帰責事由なしに他人が受けた金銭貸付けについて責任を免れないとする結論は導き出されない。
このような弁済と貸付けに関する民法の任意規定の差を考えれば、預金者の帰責事由の有無にかかわらず本件A約款によって預金の払戻しについて補助参加人銀行が免責されるとしても、これをもって直ちに、本件B約款の適用についてもカード契約者の帰責事由を問題とすることなく、カード契約者の責任が認められるということはできず、この点に関する原告らの主張は、採用することができない。
(4) また、原告らは、カードローン契約において、補助参加人銀行は当該カード契約者に対し、預金の払戻しと同様に借越極度額までは当座貸越の義務を負うから、帰責事由の点については、本件B約款は、本件A約款と同旨と解すべきであるとも主張する。
この点について、証拠(丙六)によれば、補助参加人銀行のカードローンに適用されるシティ・カードローン取引約定書四条二項には、補助参加人銀行は、あらかじめ新借越極度額及び変更日を通知して借越極度額を変更できる旨が定められ、同条三項には、保証会社が債権保全のために必要であると認めて補助参加人銀行に通知したとき及び補助参加人銀行が債権保全上必要と認めたときには、あらかじめ通知を要せす、借越極度額の減額又は借越の中止をすることができる旨が定められ、同契約に適用される金利優遇サービス規定二条には、補助参加人銀行は、取引の借越極度額を増額又は減額することができる旨が定められていることが認められる。
そして、右事実によれば、キャッシュカードを使用した当座貸越について、補助参加人銀行が預金残額の払戻しに関する義務と同様に借越極度額の当座貸越をする義務を負っていたということはできず、原告らの右主張は、その前提を欠くものとして採用することはできないというべきである。
4 右3に述べた見地から本件を検討すると、本件カードを盗んだ者ないしこれと共謀した者である前記一4の男が、本件カードを使用し、運転免許証等から知った被告の生年月日から推測した暗証番号を入力して現金自動支払機から本件払戻しを受けたことは、前記二に認定したとおりである。
しかし、前記一、二に認定したところによれば、被告は、本件カードが盗まれた際、パチンコ店の立体駐車場内の鍵のかかった自動車内部のセカンドバック中に本件カードを保管していたのであるから、本件カードの保管について被告に落ち度というべきものはなかったというべきであり、被告が本件カードの盗難に気がついた時点では既に本件払戻しは行われていたところ、被告の不注意により本件カードの盗難に気がつくのが遅れたという事情も存在しない。
したがって、本件払戻しについては、被告に責に帰すべき事由はなかったというべきである。
この点について、原告らは、被告の生年月日(昭和三〇年八月六日)に由来する暗証番号(三〇八六)を本件カードの暗証番号として補助参加人銀行に届け出たことが本件払戻しについての被告の帰責事由であると主張する。
しかし、危険であることは否定できないものの自己の生年月日を暗証番号として届け出るというのは世上よく行われていると考えられるところ、証拠(丙五)によれば、被告が補助参加人銀行に差し入れた本件普通預金口座のキャッシュカード暗証届(丙五)には、住所氏名欄の左隣に小さな文字で「生年月日・電話番号などをそのまま暗証に使用されるのはキケンですから避けてください。」との記載があることは認められるものの、被告が補助参加人銀行に本件カードの暗証番号の届出をした際ないし本件カードローン契約の申込みをした際に補助参加人銀行の担当者が生年月日を暗証番号として届け出ないことを勧めたというような事情は認められないから、右記載をもって被告が生年月日に由来する暗証番号を届け出たことが直ちに被告の落ち度とまでいうことはできず、暗証番号の届出の観点からも、本件払戻しについて、被告の責に帰すべき事由はなかったといわざるを得ない。
したがって、本件払戻しについて、被告には帰責事由がなかったというべきであるから、本件B約款に関するその余の被告の主張について判断するまでもなく、本件B約款によって被告が本件当座貸越についての責任を免れないとする原告らの主張は採用することができない。
5 そして、右に述べたとおり、本件払戻しについて、被告には帰責事由がなかったというべきであるから、被告に帰責事由のあることを前提として、被告が本件当座貸越について表見責任を免れず、信義則上も本件当座貸越の不当を補助参加人銀行に対して主張することができないとする原告らの主張は採用することができない。
したがって、本件当座貸越について被告にその支払義務があるとはいえない。
四 本件代位弁済について
1 前記第二・二7のとおり、本件当座貸越前の本件カードローン口座の残高は、二万八一三三円の貸越しにすぎなかったのであるから、本件当座貸越について被告に支払義務があることを前提として九万円を支払うことを求めた前記第二・二9の催告は、過大催告としてその効力を生じないものと解するのが相当である。
そして、右催告の他に、右本件当座貸越前の本件カードローン口座の貸越残高に係る債務について補助参加人銀行が被告に対して期限の利益喪失の請求をしたことの主張立証はなく、本件当座貸越前の本件カードローン口座の残高に係る債務について被告が期限の利益を失ったということはできない。
2 したがって、本件代位弁済は、被告の支払う義務のないか、期限の利益を喪失していなかった債務について、その保証債務の履行として行われたものであるから、原告は、被告との間の信用保証委託契約における受託者としての善管注意義務に反して本件代位弁済をしたものといわざるを得ず、被告に対して本件代位弁済に係る求償金及びこれに対する代位弁済の日からの約定遅延損害金の請求をすることは許されないというべきである。
五 結論
以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官田中哲郎 裁判官古財英明 裁判官奥山豪)